実母・実家と関係その1

先日、妹が家に遊びにきてくれた。

その際に、実母・実家との関係について改めて考えさせられたので

実母・実家に対する今の気持ち、思うところをしたためておきたいと思う。

 

実の両親とは、私は距離を置いて接している。

 

距離というのは精神的な距離・物理的な距離の両方の距離のことだ。

 

私の両親は、

 父親はモラハラ・自己中・亭主関白で、

 母親はモラハラ父に振り回された、可哀想な人であり、かつ、自己愛の強い人だ

 

母親は私が物事を分別できるようになった頃から、

父親がいかにひどい人間であるかを延々と愚痴るようになり、

私は、母の良い理解者として、母を慰め同情し、母から父を守る役割を

担うようになっていった。

いつしか私は母を守るため、父と壮絶なケンカをするようになった。

私が父と壮絶なケンカをすると、家の中が荒れるため、母は穏便に済ませたがった。

結果、母は私にこう言うようになった。「お父さんに謝ってきて」

 

母は子どもたちを利用し、父に復讐したかったのかもしれない。

ただ、父を怒らせ家庭が壊れることまでは望まない。金銭的にも困る。

結局、父が子どもに嫌われることは喜ぶが、家庭不和になるようなことをするのは

母にとって都合が悪いのだ。

 

大学生になり、母に利用されていたということがだんだんとわかっていった。

大学で、一人暮らしを始めると、母から頻繁に電話がかかってくるようになった。

電話の理由は、お父さんに電話してと私にお願いするため。

 

私が家を出てから父は姉と壮絶なケンカをするようになった。

理由は、私と同じ。

私が家を出たため、母が姉に愚痴を言うようになり、姉が母を守るため、

父とケンカをするようになったのだ。

ただ、姉の方が私より苛烈だった。父譲りの強い人だったから、決して謝らない。

父は謝らない姉を許すことはなく、姉を勘当した。

 ※姉は、父も母も許せないとして、現在も完全に縁を切って暮らしている。

そんな家庭内がボロボロな状況の中、父の機嫌が良くなる瞬間があった。

それは、遠方に住む私が父に電話をかけたときだった。

だから母は頻繁に私に電話するようお願いしてきたのだ。

母のため、家庭の平和のため、また母は私を利用しようとしたのだ。

 

だが、大学生になり、精神的にも物理的にも母から距離を置きつつあった私は、

冷静にいろいろなことを考えることができる状況になっていった。

 ・父と母のケンカに巻き込まれるのは苦痛だ

 ・なぜ、父と母の問題に、私は巻き込まれなくちゃならないのだろう

 ・父と母の間に問題があるなら、父と母が話し合えばいい

 ・私に頼るのは止めて欲しい

 

そう思えたころから、私は母の依頼を受け付けないようなっていった。

 

そして、当時のことを振り返り、考える機会が増えていった。

 

母に「お父さんに謝ってきて」と言われたことが、私はショックだった。

母のために戦った私を、母は一切守ってくれないだけでなく、母は戦わないのだ。

 

父のモラハラは誰にであれ、自分の言う通りにならない場合は、発動されていたが、

父は子どもを利用しなかったし、子どもに対する責任や愛情は一貫してあったと思う。

 

母にも、子どもに対する責任は愛情はあったのだと思うが、

それ以上に、利用された、裏切られたという思いが私の中では強かった。

 

母を守ることも、父と母の問題に関わるのも止めよう。

そう思えた。

 

社会人になり、私は両親と一定の距離を置いて過ごしたこともあり、

両親との関係性は良好になっていった。

 

ただ、社会人になるにつれて、私は社会人としての自分の在り方について

悩むことが多くなった。

 

なんだか人との距離感が難しい。生きづらさを感じる。

 

それは一過性のものとは思えなかった。

自分なりにいろいろ調べたところ、程度の差はあれ、

自分はアダルトチルドレンなのではないかと疑うようになった。

 

 『自分が関わることは、他人にとって迷惑だろう』

 

漠然としたその思いが、いつも、私の中の根底にあった。

なんの根拠もない。でも、そう思わずにはいられないのだ。

 

アダルトチルドレン

「ありのままの自分を愛されることがなく育ってきた子ども」だそうだ。

 

私は、そこから過去の自分と向き合うようになった。

 

父にされたこと。

母にされたこと。

 

少しずつ、昔の自分を思い出すようになった。

 ・褒められたときのこと

 ・楽しかった思い出

 ・漠然と悲しみを感じたとき

 ・戸惑ったときの記憶

 ・利用されたこと

 

いろいろな小さい頃から大人になるまでの沢山の想い出を思いだし、

自分自身について見直してみることにした。

 

見直しの作業を進めていくうちに、小さい頃から母から

「お父さんに似ている。あんたはそういうところがダメなんだよ。」

と言われ続けていることに気付いた。

 

それは何気ない日常での出来事だ。

テレビを見ているとき、近所の人の話などたわいもないことを話しているとき。

 

母の考えが私と違う。そう思えたときに私は意見する。

「私はそうは思わない。私はこう思う。」

 

母は私の意見に問題がある理由は一切答えない。

お父さんに似ているからダメという理由で、いつも私の意見を切り捨てるのだ。

 

私はわけがわからず、「理由を言って。なんでダメなの?」と食い下がる。

だが、母からの回答はこうだ。

「父に似ている。それがダメ。似ている理由もわからないなんてもっとダメ。」

 

どこが父に似ているのか、なぜダメなのか、私にはいつも一切わからなかった。

 

だが、子どものころの「父に似ている」は恐怖だった。

あんな最低な人に似ている。

理由はわからない。

でも私は似ている。

私はダメで最低な人間かもしれない。

父と似ている理由がわからない、そのことはもっとダメだ。

似ているところもわからない。救いようがない。

 

母にされた、理由なき人格否定は

私の心にへどろのように積み上がっていったと思う。

 

いつしか、私の無意識の部分において、

「私のようなダメな人間が関わることは、他の人にとっては迷惑になるに違いない」

そう思い生きていくこととなってしまったのだと思う。

 

大人になり、社会人になり、

そういった思い出を一つ一つ振り返ることができた。

 

自分の生きずらさもだんだんわかってきた。

 

そしてだんだんとこう思えるように努力しようと思ってきた。

 

私はダメなんかじゃない。

私は愛されるべき人間なはずだ。

私は私が大好き。

 

それは、頑張っても正直なかなか難しい(笑)

 

でも、少しは楽になっていった。

愛する夫もできた。

夫も私を愛してくれている。

人として尊重し、愛してくれている夫の存在が私の希望の光だった。

 

人間関係は、まだまだ難しいなと思えることもあるけど、

でも、まぁ、適度に力を抜いて、距離感を持って過ごすこと、

きっと大丈夫と自己暗示をかけて、過ごすようにした。

 

たまに、自分の存在を否定されるようなケースに直面するときがある。 

 ・一方だけがさまざまな理由で特別に配慮され続けられている場合

 ・誰かが誰かを特別に思い、特別に対応され続けられている場合 など・・

 

本当に文字や言葉にすると馬鹿みたいだが、

つまり「ひいき」や「仲間はずれ」のようなケースに長時間直面すると、

ありのままの自分を愛されなかった気持ちから、愛情欠乏の状態に陥り、

心の平安が保ちずらくなってしまうのだ。

 

だから、完全に大丈夫とまではいかないけど・・・

まぁまぁ大丈夫になってきた。

 

そんな日々を経て・・、

 

あるとき、母に思い切ってぶつけてみたことがあった。

あの時は悲しかったと。

 

ただ、その結果は本当に散々だった。

私はパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。。。

 

母は一切聞く耳を持たなかった。

何を伝えようとも「私は悪くない」の一点張りだった。

 

この結果は、母にされた沢山のひどいことより、私にはショックだった。

いろいろな事情が、母にはあっただろう。

モラハラの父のもとで、歯をくいしばって子育てを頑張っていた母。

同情すべきところはたくさんあるし、育ててくれた感謝の気持ちもある。

 

でも、私は傷ついたのだ。

利用されたことも。理由なく人格否定され続けたことも。

「お母さんは大変だったかもしれない。でもひどいことはひどいよね。」

私はつとめて冷静に言ったつもりだった。

 

だが、母からの回答は残念なものだった。

 

「大人になってまで、そんなことを思い出して文句言うなんてひどいね。

 あなたはあなたの家庭を築いており、今は幸せなんでしょ。

 なぜ今になって、そんなふうに責められないといけないの?おかしいよ!」

 

私はある意味、目が覚め、

母との関係は崩れ、良好さを維持するために、母に都合の良いように

物分かりの良い娘として振る舞うことは二度とできなくなった。

私は過去の自分の気持ちに一切の理解を示さない母を許すことはできなかったのだ。

 

そして母にこう伝えた。

「私のこの気持ちがわかってくれないならば信頼関係が成り立たないので

 ある程度の距離を置いた関係性を築かざる得ない。

 今後は、一定の距離を持った関係性を築いていこう。」

 

母の気持ちは結局のところ私は理解できなかった。

私の言葉を母が理解しているのかどうかもよくわからなかった。

ただ、母は「わかった」と言い、

その後の関係性は一定の距離を持つという約束が実行された。 

 

そして私は自分の気持ちに折り合いをつけるため、こう思うようになった。

 

 最大の親孝行は、親の都合の良いように子どもが振る舞うことではない

 最大の親孝行は、子どもが自立し、かつ、幸せに暮らしているその事実なはずだ

 だから、私は自立し幸せに暮そう

 

私は、こう思うことで、楽になり、ある程度の心の平穏を手に入れた。

 

実の両親とは、私は距離を置いて接している。

そして私は自立し、幸せに暮らしている。

 

 正解はわかりません。

でも、今は、この状態がベストだと信じています。

 

次は妊娠発覚後の両親との関係性について綴ろうと思います。